帰り道



「お待たせ♪」

軽やかな可愛らしい声に呼ばれて、瑞希は振り返った。

後ろに上機嫌な顔で立っていたのは怪盗アプリコットとして世の中を騒がせる怪盗であり、瑞希の恋人でもある少女、望月あんずだった。

これがもし日中の、駅前で交わされる会話だったらごく普通の恋人同士なのだが、いかんせん、この二人は『普通の』恋人同士というには前述のようにかなり無理がある。

・・・というわけで(?)ここは夜の公園。

わりと綺麗な公衆トイレの前だったりする。

もちろん二人だって好きこのんでトイレの前で待ち合わせする趣味などない。

二人は最近、着替えにこの場所を利用しているのだ。

怪盗としての仕事を終えた後の。

アプリコットの正装から白いワンピースに着替えたあんずを見て、少し瑞希は眩しそうに目を細めた。

「似合いますね。」

「あ、このワンピース?」

瑞希の言葉にあんずは嬉しそうに顔を輝かすとくるっと一週回って見せた。

「こないだの仕事、結構報酬がよかったでしょ?だからお母さんにおまけしてもらって買ったの。・・・可愛い?」

「ええ、とても。」

さらっと本当に思っている事をいう瑞希に、照れたあんずは誤魔化すように瑞希の手を取った。

「さ、早く帰ろ?」

「はい。」

優しい笑顔で答えて、瑞希もあんずと一緒に歩き出した。










ファンッ・・・ファンッ・・・・・

遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえる。

多分、自分達の事を追ってるんだろうなぁ、と思ってあんずは少し微笑んでしまった。

喧噪から遠く離れた住宅街を天下を騒がす怪盗コンビが手を繋いで歩いてるなんて、きっと誰も想像もしないんだろうな、と思ったら妙に可笑しくなったのだ。

「どうしたんですか?」

「ん?瑞希くんがパートナーでよかったな、って思ってたの。」

きょとんっとして瑞希は首を傾げる。

「どうしたんです?急に。」

「うーん、だって瑞希くん手際いいし私だけだったらまだあのサイレンの中にいたかもしれないし。」

「貴女は不器用ですからね・・・・色々。」

「最後に付け足されたのが、ひじょ〜に気になるんですけど?」

目線を逸らす瑞希を睨み付けるあんず。

その横顔をこっそり盗み見ながら瑞希は笑いをこらえて言った。

「気にしないでください。」

「・・・・・・・・・・まあ、いいけど。」

まだまだ不満たっぷりという感じで、それでも繋いだ手を離さずにいてくれる彼女が愛しい。

それに

(こんな拗ねた顔も結構好きなんです、と言ったらあんずは怒るでしょ?)

こっそり付け加えてみる。

そんな瑞希の心の中にはまったく気づかないあんずは「それにしても」と呟いて唐突に深々とため息をついた。

「あんず?」

「別になんでもないんだけどね。でもさ・・・・今日、取り返したダイヤモンド1億はくだらないんでしょ?」

「はい。そうですけど?」

「そんなすごいものを取り返しても、私達へのご褒美ってワンピース一枚買えるぐらいなんだよね。」

シュンッとしたあんずに、瑞希は思わず吹き出した。

「瑞希くん!」

「いえ、す、すみません。ただ、あまりにもあんずが可愛いから、つい・・・」

「ど、どーせ私は子どもです!」

そう言って空いている手でぽこぽこ殴ってくるあんずを防ぎながら、瑞希は笑いを柔らかな表情に変えた。

「じゃあ、あんずには僕がご褒美をあげますよ。」

「え?ほんっ・・・・!」

現金なぐらいご褒美という言葉に反応して振り返ったあんずは、次の瞬間黙った。

否、黙らざるおえなかった。











―― 瑞希の唇が掠めるように、唇に触れていったから。










「み、み、み、み、瑞希くん!?」

どばーっと言う効果音がピッタリくるぐらい瞬時に真っ赤になったあんずを覗き込んで、瑞希は首を傾げる。

「これではご褒美になりませんか?」

「え?だって、その、ご褒美って・・・・」

動揺を隠そうともしないで(たぶん隠すことすら忘れているんだろうが)意味不明な動作を繰り返すあんずの髪を立ち止まって瑞希は梳いた。

途端に、あんずは固まってしまって、しばらくして絞り出すような声で小さく呟いた。

「・・・・・う、嬉しいけど・・・・・・」

「なら、アプリコットへのご褒美はこれにしましょう。これから、ずっとね。」

どこか嬉しそうな声でそう告げる瑞希を上目遣いに見て、あんずは最後の抵抗とばかりにぼそっと言った。

「瑞希くん・・・・なんか大胆になったね。」

「そうですか?・・・・そうですね。なんせ怪盗アプリコットのパートナーですから。」

「うっ」

返り討ち。

瑞希の極上の笑顔にノックアウトされたあんずは、半ばやけヤケ気味に叫んだ。

「ず、ずっとね!」

「はい。ずっと。」

なんの気負いもなくそう言って、瑞希はあんずの手を握り直して微笑んだ。

そしてゆっくり二人は歩き出した。











―― いつのまにか、遠くのサイレンは消えていた。















                                       〜 Fin 〜







― あとがき ―
わ〜、やっぱり最初は瑞希くんだったよ〜(><)
何故だろう・・・一押しは一ノ瀬さんだったはずなのに・・・
でも、瑞希くん好きです、かなり、すごく、とっっっっっっても(<しつこい・汗)
あの丁寧なしゃべり方とか、ED後のスチルとか!